「スノーボード人類学(その2)」
前回は、ゲレンデの異教徒として迫害を受けるスノーボーダーを、被害者として捉えてきたわけやけど、精神的な面に目をやると実は本当の被害者はスキーヤーではないかと思える。特に彼らスキーヤーが唱える「スノーボーダー性悪説(注1) 」は時代に乗り遅れたスキーヤー達の断末魔の叫びにも聞いて取れる。時計は夜の十二時を少しまわったところ。都内のマンションの一室で一人グラスを傾ける男(演ずるのは江口洋介)。広告代理店勤務、28歳、趣味は学生時代サークルで始めたスキ一(昨年念願の1級を手にしている)。彼は昨日スキー場で知り合った女性スノーボーダー(松嶋菜々子)の艶やかな姿が目に焼き付いて離れない。洒による酔いか、はたまた疲れのせいか彼はついうとうとし夢を見る。
夢の中でソファーから身を起こす江口。松嶋が現れ耳元で囁く。
「思いきってスノーボードやろうよ!自分に正直に生きようよ!」
その時悪魔の恰好をした小人の江口がもう一方の耳元に現れる。
「お前は今まで何の為にスキーを続けて来たんだ。慣れないスノーボードに乗って、スキーを始めた時の様にゲレンデに這いつくばる事が出来るのか。女にいい格好できなくてもいいのか。あんなのは所詮スキーもロクに出来ない奴がしかたなしにやるもんだ。」
目が覚め、頭をかきむしりながらうなだれる江口。決して出会ってはいけなかった二人。断ち切れぬ愛ゆえに追い込まれる男と女。スノーボードとスキーはまさにスポーツ版「失楽園(注2) 」と言えるかもしれない。
と、仮想ドラマ形式で書いたみたが、実際江口さんはスノーボードをやってて、それもかなりうまいらしい。まあ雪の似合う俳優ということでご勘弁を。さて、一般的にスキーヤーはスノーボードに対して少なからぬ興味・・と言うより憧れを持っておる。彼らにとってスノーボードはまぶしいスポーツなのである。しかし一部のスキーヤー(注3) はスノーボードに決して手を出さない。無視したり、敵意を抱いているようにさえ見える。なぜ彼らはスノーボードをやろうとせんのか? それは今までスキーで築いてきた栄光や努力を捨てて、一からやり直す勇気がないからではないやろか。
スノーボードに対する純粋な憧れと、勇気がない自分を認める事により傷つくプライド。相反するジレンマが自己否定につながり、いつしかそれが憎しみへと変わっていく・・・。心理学で言う「攻撃による自己防衛」の原理(注4) やな。好きな女がいて、その子に振られたら急にストーカーに変身して嫌がらせをしたり、中傷したりする奴がいるけど、彼らスキーヤーがスノーボーダーにとる態度はまさにそれや。
四井物産の資材部に勤めるキャリアOLのあい子(佐藤藍子)は、大学の先輩で同じ会社の営業部にいるマサト(萩原聖人)にひそかに思いをよせていた。しかし社内でも人気の高いマサトにはなかなか近づけない。また、あい子は同じ部署の同僚Aが自分に好意を持っている事をうすうす知っており、からかい半分に思わせぶりな態度をとっていた。
ある日、ひょんな事で憧れのマサトからスノーボードに誘われたあい子はAとのスキーの約束をすっぽかしてマサトと出かけてしまう。しかし偶然ゲレンデで二人を見つけたAはストーカーとなって二人を追いつめる。最初は無言電話だったのが、だんだんエスカレートしてAはあい子のマンションの部屋の前でうんちまでしてしまう。無断でペットを飼っていると思われて、濡れ衣を着せられるあい子(注5) 。
意地悪な大家(石倉三郎)は家宅捜索を要求する。
あい子「あたし、犬なんて飼ってません!」
大家「じゃあこのうんちはいったいなんだ。まさか君のじゃないないんだろう」
あい子「あたしじゃ、ありません」
マサト「あんた、失礼だろう!」
大家「なんだ、お前は暴力を振るう気か!」
マサト「うるせー、俺はそっくりさんだ。文句あるか!」
追いつめられる二人。脚本は野島伸司あたりか?
まあ、何にせよスキーヤーも恋愛もピュアであればあるほど精神的に追いつめられるちゅうことか?そもそも似て非なる物が同じ場所で共存するからトラブルが起こるのだろう。これが、スキーと競歩とか、スノーボードとカーリングといったかけ離れたスポーツなら何ももめる事はないのだろう、また他人より親戚とか、遠くの知人より近所のおばはんとか、横綱でも兄弟同士が何かともめるのと一緒で、近すぎるのでなんかトラブッてしまう気がする。
聖徳太子曰く「和をもって尊しとなす」。(次号へ続く)