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AMラジオ・ニッポン放送「ウィークリースポーツトーク マイチャレンジ」に21日、パーソナリティーとして鬼塚雅が登場した。ラジオのパーソナリティーへの挑戦は自身初となる。
マイチャレンジは、「今リスナーが一番話を聞きたい現役アスリートやスポーツに関わるキーパーソン」が週替わりでパーソナリティを努め、自分の言葉で、自らの「チャレンジ」について熱く語り、リスナーとコミュニケーションしていくスポーツトーク番組。

今回は、鬼塚が自らのチャレンジについてや、家族やプレイベートについて、今の思いを全てぶつけた。

鬼塚雅のマイチャレンジ

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スノーボードへのチャレンジ

スノーボードを初めて体験したのは5歳の時。冷たくて痛かったのを覚えています。でも熊本にはあまり雪が降らないので、雪を触れて嬉しかったというのを覚えています。

スキーじゃなくてスノーボードだったのは、今思うと周りの人達がスノーボードをやっていたからだと思っています。

15歳以下の大会で、小学一年で準優勝、二年生で優勝した時は何だか分からずに頑張っていた頃なので、ただ単に嬉しかったです。その後にBurtonさんからお話を頂けたのも「ポカーン」って感じだったんですけど嬉しかったのを覚えています。

最初は全然滑れなかったんですけど、周りの大人が雪だるまを作ってくれたりして、「ここまで行ったらお菓子をあげるよ」って子供だましじゃないですけど、みんなが頑張って私を楽しませてくれたので、それで少しずつ滑れるようになって、楽しくなってった感じです。

熊本の近くには雪が無いので練習場も無く、屋内ゲレンデも無かったので、車で2時間かけて福岡にある室内ゲレンデに、土日とたまに学校が終わってからっていうのをよく通ってました。週4〜5日、平日は学校が終わってから2時間かけて行って6時くらいなので、6時から夜の12時くらいまで、ずっと6時間くらい練習するっていうのをやってて、たまには雪だるまを作ったりして楽しくやってました。練習っていう練習じゃなく遊んでました。

お父さんお母さんもずっとつきっきりだったので、宿題は車の中でやったり、練習の休憩の合間にやったりする毎日でした。

車で寝ちゃう事もあったのですが、宿題は行きに終わらせてたので、帰りはクタっと寝てました。

競技や練習について

レールやボックスだけの全日本みたいな大会があって、それで最初は全然ダメで、小学5年生の時には準優勝して、各国で優勝した人達が集まるアメリカのチャンピオンシップで2位になって、それで翌年も全日本みたいので優勝して、アメリカでも初めて優勝することが出来て、そこからだんだんアメリカにも行ったりしてたので真剣になってったのかなという感じですけど、いつから真剣になったというのは無いです。

ジャンプとかで高いとこは行くんですけど、ジェットコースターとかの絶叫マシンは好きじゃないです(笑)

どんな種目にもコーチとか居ると思いますが、最初始めた時はレッスンの先生がいつも教えてくれてて、だんだん滑れるようになってきたら、お父さんお母さんが勉強してくれて教えてくれて、長野とかにも行った時も上手い人達から教えてもらったり、聞いたりしていたので、私の場合はコーチとか居なかったです。

全然話した事も無いお兄さんお姉さん達が普通に話してくれて、教えてもらってたので、今思うと優しいお兄さんお姉さん達だなって思っています(笑)

お兄さんお姉さん達が出来ないことを私がやれるようになった時は、逆に「教えて」って言ってもらえるようになったので、その時はなんか凄い嬉しかったので、教えたりしてました。

福岡までは2時間くらいだったんですけど、長野までは1日がかりって感じでした。キャンピングカーだったので、そこで寝泊まりしてました。

友達と遊ぶ時間が全然無かったんですけど、友達が分かってくれてて、みんなそれを応援してくれてて、学校で遊んだりした時はそれが一番楽しかったです。

海外遠征について

2年前くらいに一回サウスアメリカンカップって大会があって、その為にチリに行ったんですけど、標高が3000メートル以上のところに行って、優勝出来ると思って大会に出て、その時は優勝できたんですけど、チリで楽しかったのは、ごはんも美味しかったんですけど、イースター島まで1時間くらいで行けたので、飛行機で行って、ガイドさんをつけて観光してきました。

やっぱり大会で行って、大会前には余裕が無いのでしないですけど、大会が終わった後に、そこの周りの湖とかを歩いてみると「うわぁキレイなところだな〜」って思ったり、ちょっとした街に行ったりすると洋服とか見れて、凄く良い経験してるなって思ったりします。

小学校5年生の時にアメリカの大会がきっかけで、大会も増えて何回か海外に行くようになって、練習でも行くようになって、、、そうなると去年とかも海外に行く回数も10回くらいは行ってました。

ラインとかで友達や家族とビデオ通話したりするので、ホームシックになったりすることは無いです。

海外の選手は、細く見えても骨格とか体幹とかしっかりしてて、片手で逆立ちとかも出来ちゃったりするので、私もしっかり体幹とかつけないと海外の選手に勝つ事は難しいと思っています。

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ソチオリンピックへのチャレンジ

(2014年ソチオリンピックに出場する為には、15歳の誕生日を待って、選考の対象となる大会にでる必要があった。)

誕生日後にワールドカップが1試合だけあって、それで「優勝か表彰台に上がらないとオリンピック出れないよ」ってなって、それで予選落ちしちゃって出れなくなった感じです。

表彰台に上がらないとソチ五輪に出れないので、難易度の高い技の練習をしていたら、左手首を骨折してしまって、凄く残念な感じになってしまいました。

それで大会当日は大雪で板が全然走らなくて、もし翌日の決勝も雪で中止になったら予選の結果がリザルトとして残ってしまうので、頑張って攻める技(cab900)をしたらコケちゃったっていうのが現実でした。コケた瞬間は「このやろクソ!」じゃなくて、「あ、終わった」って感じで、悲しかったんですけど、荷が下りた感じで複雑でした。でも出たかったなぁっていうのがありました。

なかなか一発勝負っていう大会は無いんですけど、プレッシャーはかかってないと自分で思っていたんですけど、でも終わってみたらプレッシャーだったのかなと思っています。元々プレッシャーって気づいてない方なので、プレッシャーに強いのかどうかとか、どうなんだろうって感じです(笑)

ソチ五輪の最中は、一緒に戦ってたライバルだったり頑張ってた友達から、「なんで居ないの?」「大怪我でもしたの?大丈夫?」っていうメールが来たりして、複雑な気持ちでソチ五輪を見てました。

お父さんお母さんが、ソチ五輪に出れないのが決まった時に、励ましの言葉じゃなくて、次に向けて頑張ろうっていう前向きな言葉をかけてくれたので、それもずっと落ち込まずにいられたんだと思ってます。

友達には、スロープスタイルがソチ五輪の競技になったことも仲良い子にしか言って無かったので、その子は大会での状況も全て知ってたので、気を使ってくれたのか、「次、頑張ろう!」って言葉をかけてくれたので、挫折ってより次のステップに行けたって感じになりました。

ソチ五輪前の選考にはならなかった大会で2位になって、ソチ五輪後の大会で、オリンピック選手がほぼ全員出ている大会で4位になったりする事ができたので、今思うと出ときたかったなっていう思いが強いんですけど、テレビ観戦でみんなが練習してきた技を見て、それに対抗できる技を練習できたっていうのがまたスキルアップの強化につながったと思ってます。でもやっぱりソチ五輪の現場には行ってないので、その場のプレッシャーとか空気感とか感じれなかったのは悔しいです。

同じ年で同じBurtonの平野歩夢くんが、ハーフパイプで銀メダルをとって、小さいころからBurtonの撮影で一緒になったりもしてたので、凄い嬉しかったです。でもそれを見て私も頑張ろうって気持になりました。

両親について

両親はスポーツ万能では無いと思ってます(笑)

私はまだ車を運転出来ないので、福岡までの往復4時間がどれだけ凄いのか分からないのですが、みんなが凄いって言ってくれるので、凄いんだなぁと思って感謝しています。

お父さんが「大きいジャンプを飛ぶって決めたら一つも怖がらずにやらないと怪我する恐れが高まるよ」って言ってたのを凄い覚えてて、確かに大きいジャンプになると少し怖いとスピードを緩めてしまって、ランディングに全然とどかなかったりして、ケガをするので危ないので、やる時はやるっていつも決めてやっています。お父さんは全然飛べないんですけど、そういうところは勉強したり見て分かってくれているので、ちょっとしたコーチみたいな存在です。

国際大会に出る時は、お父さんお母さんはあまり口出しをせず、「頑張れ〜」っていうラインが来てたり、あとは、優勝したときはウェブで結果が直ぐに見れたのでラインも「おめでとう」の一言だけだったんですけど、日本に帰ってから「おめでとう〜」って電話が直ぐに来たのが凄く嬉しくて、、、コミュニケーションはそんな感じです。

競技以外で注意されるのは、嘘をつくなってことと、茶碗は左手で持ちなさいってところはよく言われてます(笑)

プレイベートについて

もしスノーボードをやっていなかったら、友達と仲良く勉強だけをしている女の子だったのかなぁと。他のスポーツとの出会いがあったりしてるのかなぁとか、どんな人生なのか、そういう自分を見れるなら見てみたいです。

私の性格はよく分からないですが、自分ではちょっと負けず嫌いなとこがあるのかなぁと。あとは少しおっちょこちょいだったりするのかなと思ってます。仲良い友達からは「雅は本当おっちょこちょいだけど、サバサバしてたりつかめないよね〜」って笑いながら言われたりします。

趣味は読書とかマンガを読んだり中学生の頃はしてました。マンガは「ONE PIECE」を買って読んでました。中学生の頃にハマってた読書はサスペンス系が一番好きで、でもそれを読んで飛行機に乗ると悲しい気持ちになっちゃうので、何か楽しいのは無いかなと探してる最中です。

休みの日があったら、寝てるかマッサージを自分でしてるか、ストレッチをしてるかなので、もし一ヶ月休みをもらったら2週間ゆっくりして、あとの2週間は友達と遊びたいなって考えています。

家に居るときのリフレッシュは、犬と散歩に行く事。ちなみにキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルってワンちゃんで、名前は「ジャム」君です。

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Photo: ameblo.

音楽を聞くのも趣味で、スノーボードの選手はリフトでも滑ってる最中でもよく音楽を聞くんですけど、私はリフトではもちろん聞きますけど、滑ってる最中はヘルメットとイヤホンがぶつかって少し嫌なので、その時はしてないです。でも音楽を聞いてるとテンションが上がったり、落ち着いたりする事が出来るので、音楽は凄いなと思ってます。

ちなみに私が良く聞いてる音楽は「ONE OK ROCK」さんです。結構前からファンで、コンサートにも行ったりしてました。

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Photo: ameblo.

これからのチャレンジについて

大きな目標の一つになるのはやっぱり2018年の平昌五輪ですが、それまでにいろんな大会があって、出る大会一つ一つが私にとって大事な大会なので、平昌五輪だけじゃなく全ての大会で優勝していけたら凄くいいなって思ってます。

私にいつも「頑張って」とか「頼んだよ」とか、そうやって応援してくれてる人達をプレッシャーとは思わず、応援してくれてるから練習時にも、どうしようって思った時にも始めの一歩を踏み出せる、嬉しい事だなと思っています。

平昌五輪はもちろん金メダルを取りたいと思っているので、それまでに目標としている技を完璧にこなすというのも一つですが、次の12月にある「DEW TOUR」って大会も私にとっては小さい頃から目標にしていた大会なので、それでも金メダルを取って、金メダルを取り続けられる選手になりたいです。その為には、人としても成長しなくちゃいけないし、技もフリーランも全てにおいて成長しなくちゃいけないことがいっぱいあるので、そういうところでは練習する事が一番大切かなと思ってます。あとはチャレンジすることは勇気が無いと出来ないので、チャレンジするってことは大事な事だなと思ってます。

11月にオーストリアに行って練習してきた技「cabダブルコーク900」が、私ともう一人の子しかまだ出来てなくて、私も含めて二人とも百発百中では無いので、その子も平昌五輪までに完成させてくると思うので、私も完成させる事と、そこで勝つためにはまた別の技を練習しなければいけないなと思っているので、まだまだ課題がいっぱいあります。

First try. First landing.#primeparksessions#redbulljapan#burtonsnowboard#burtongirlskings、questありがとう。2年間練習して初めて山でトライ!すごく怖かったーーー。まだ立ったばかりなので、これから物にできるように頑張ります。

Posted by Miyabi Onitsuka on 2015年11月10日


そういう技が百発百中になったときには、オリンピックで金メダルが取れるようになると予想してます。

一番近い大会は12月のDEW TOURって大会で、オリンピック選手もみんな出場するので頑張りたいです。目標はやっぱり1位しかみんな見てないと思います。私も1位目指して頑張ります。

(via: mychallenge)



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