女子スノーボーディングの中で最も影響を与えたNicola Thost(ニコラ・トースト)はプロを引退することに決めた。


Nicola Thost.

1998年に初めてスノーボードが競技種目に加わった長野冬季オリンピックで、
ニコラは初のオリンピック金メダリストに輝いた。
そして一握りのスノーボーダーしか味わうことができない、
US Open Snowboarding Championshipのハーフパイプで2年続けて優勝した。

近年、ニコラは3タイプの膝の故障をしたにもかかわらず、前向きな気持ちを持ち、強くなって戻ってきた。
2002年にはSims World Championshipsで優勝し、Nippon Openハーフパイプでは1位を獲得、
彼女がまだまだ競技に参加できることを証明した。

Nippon Openで優勝した後、ニコラはUS Openファイナルで1位のクオリファイヤーだった。
だがファイナルで再び膝を痛めてしまった。
ニコラは山にいる時間よりドクターと一緒に過ごす時間の方が長く、自分の怪我がなかなか完治せず、
ハイリスクにあることをきっかけに引退することに決めた。

「世界中を周り、たくさんの人からサポートをもらいながらスノーボードで生きていけてすごくラッキーだったよ。
スノーボードで受けたインスピレーションやチャレンジを今後違った観点で新しいものを作れたらいいな。」とニコラは語った。

ニコラは今後、試合には出場しないもののこれからもスノーボードの仕事には携っていく。
Terje Haakonsen(テリエ・ハーコンセン)主催のArctic Challengeでのクオリフィケーション・システム、
Ticket To Ride (TTR)を手伝わないかというオファーが来た。

「ニコラ・トーストはスノーボードにインスピレーションを与えたよ。」と、
Ticket To Rideスポークスマン、ドリュー・スティーブンソンは語った。

「彼女はパワー、スピード、そしてテクニックをバランスし、可能で尊重されたものを再定義してくれたよ。
パイプなどのライディングやスポーツ自体からニコラを失うのは考えられない。
だからTicket to Rideシステムの女子スノーボーディングの追求に彼女を呼んだ。」と続けた。

ニコラは世界で最もチャレンジングなスノーボードコンペティションで幾つもの勝利をあげた中、
その幕を閉じようとしている。

何年もの間、ニコラは自身がデザインし完璧にしたBurtonのプロモデルを使用した。
そして彼女はハーフパイプでテクニカルトリックコンビネーションの限界を追求し、
女子初のback-to-back 720を成し遂げたライダーだ。
彼女の革新的なスタイルとトリックは多くの若い女の子を次のレベルへと引っ張った。

「ニコラとはよく山で一緒だったよ。
彼女のライディングスタイルは同じキッカーや、ハーフパイプにいる男子がビビルほど進歩していてアグレッシブなんだよ。
彼女のプロ意識とスポーツへの献身は他のプロも学ばされたよ。」と、
Burtonのグローバルチームディレクター、レーン・ハンセンは語った。

Burtonスノーボードファミリーはニコラの今までのスポーツと、
Burtonへの貴重な貢献に感謝すると共に、彼女の今後の活躍を祈っている。