藻岩山にあったスキーリフト=安全索道提供札幌・藻岩山(もいわやま)の中腹に日本初のスキーリフトがあったとする史跡案内板を、札幌市が近く設置する。

「幻の札幌スキー場の歴史を伝えたい」。藻岩山のスキーの歴史を研究し、市に設置を呼びかけてきた市民の思いがようやく実を結ぶ。
スキーリフト跡へは、札幌市中央区旭ケ丘5丁目の慈啓会病院前の登山口から登る。山頂まで33体の観音像が迎えてくれるが、リフト跡は九つ目を過ぎたあたりにある。

登山口から約1・5キロ、休憩を入れつつ登っても30分ほど。観光ガイドブックなどでは「砲台跡」と紹介されてきた場所だ。

「これがリフトの支柱の跡、これがロープを固定した引き留め台の跡です」。昨年秋から札幌市に案内板の設置を呼びかけてきた原田廣記さん(77)が説明してくれた。

スキーリフトの引き留め台を指さす原田廣記さん=札幌市の藻岩山

原田さんは「藻岩レルヒ会」の代表。オーストリア軍人のレルヒ少佐が1911年、日本に初めてスキーを伝えた時の技術を保存し、後世に伝えようと取り組む市民グループだ。

3年ほど前、スキーリフトの歴史を調べようと当時の土木学会誌などの文献をあたっていた時、進駐軍が46年8月、長野・志賀高原と札幌・藻岩山にスキーリフトを建設するよう指示していたことがわかった。

工事は、後に北海道知事になった堂垣内尚弘氏が指揮を執り、同年12月に完成。翌47年1月から進駐軍のリフトとして使われた。藻岩山の方が1カ月ほど早く使われ始めたという。

リフトは全長983メートル。乗り場は現在の藻岩浄水場付近にあったとされ、乗り場と降り場の高低差は164メートル。11本の木製の支柱で支えられていた。

2人乗りのリフトだが、スキー板を外して背中合わせで乗る仕組みだったことが、リフトを納入した滋賀県守山市のメーカー「安全索道」の写真でわかる。

53年ごろからは「札幌スキー場」の名で市民も使うようになったが、59年、東斜面に現在の札幌藻岩山スキー場ができて役目を終えたという。

札幌市観光文化局は、原田さんが集めた文献や証言などから、藻岩山の中腹に残る土台などが日本初のスキーリフト跡だと判断。藻岩山は国有林のため、現在、北海道森林管理局などに案内板を設置する許可を申請する手続き中だ。

早ければ8月中にも設置できる見通し。担当者は「札幌の観光名所の一つ、藻岩山に新たな魅力が加わった」と話している。
(朝日新聞)