世界中のスノーボードシーンに激震が走った。
2003年1月21日(火)カナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるレベルストークエリアにて幅約30メートル、
長さ約100メートルの雪崩が突如として発生し、カナダ人(4人)とアメリカ人(3人)の合計7人の尊い命を奪った。
そのグループには伝説のスノーボーダーCraig Kelly(クレイグ・ケリー)も居た。


Craig Kelly.

15年以上もの間、クレイグ・ケリーはスノーボーディングというスポーツにおいて素晴らしい軌跡を残した。
クレイグのキャリアは最近バックカントリーのガイドへと発展し、そのベース地として主にブリティッシュ・コロンビアで活動していました。

先週末クレイグはスキーヤーとライダーのグループをブリティッシュコロンビアのレベルストークエリアでガイドしていました。
このグループが雪崩に巻き込まれたのです。悲劇的にもクレイグ・ケリーとその他の6名は助かりませんでした。


Craig Kelly.

クレイグのライディングスタイル、アイディアそして情熱はスノーボーディングを明確にする手助けとなり、
このスポーツと業界に数多くの影響を与えてくれました。
クレイグは世界チャンピオンを4回、US Openチャンピオンを3回、そしてBaker Banked Slalomチャンピオンのタイトルを3回手にしました。


Jake Burton.

Jake Burton(ジェイク・バートン)は、
「このスポーツにおいて、そして私たちみんなにとってもこれ以上大きなロスは考えられない」と言っています。
「クレイグはコアそのものだった:4回もの世界フリースタイルチャンピオンに輝き、
彼のやり方でこのスポーツを支配してきたことは偉大な業績だが、
こうした競技の世界を引退しバックカントリーガイドへと進んで行ったことのほうが彼のことを更に物語っているだろう。
彼はチームライディングにプロ精神を持ち込み、その後彼の人生をこのスポーツに捧げることで彼の情熱を表現した。
クレイグは我々が彼自身だけでなくその他の犠牲者に対しても敬意を払うことを望んでいるだろう。
クレイグにとって彼らが巻き込まれてしまったことは、彼のパートナーのサヴィナと娘のオリビアを残していくことと同様に、
非常に辛いことであっただろうと私は確信している。」


Terje Haakonsen.

「僕は1989年にクレイグに出会った。彼に会うまで僕は彼に刺激されていた。
やっと彼に出会った時、彼は最高の手本となる人だった。
彼は常に僕や他の友達の良い助言者となってくれた。
スノーボードのことだけでなく、彼のライフスタイルや山への愛情など全てを教えてもらった。
僕は彼以上にマウンテンライディングを愛している人を知らない。
そして彼ほどのスタイルと、優雅さを持って山をライディングするライダーも知らない。
クレイグは僕たちを置いていってしまったが、彼は今でも最高の助言者だ。」とTerje Haakonsen(テリエ・ハーコンセン)は語っています。


Dave Downing.

Dave Downing(デイブ・ダウニング)からもクレイグに関するコメントが届いています。
「クレイグ・ケリーは僕の友人であるだけでなく、ヒーローでありスノーボーディングにおける信頼のおける相談相手だった。
僕が初めてクレイグとライディングをしに行ったとき、ものすごく興奮したんだ。
僕のヒーローと一緒にライディングしていることが信じられなかったし、彼はとてもナイスで素朴な人だった。
彼のライディングはまるで川を流れる水のようだった。
バックカントリーへ行ったとき、彼は決してリスクを負うことはせず最も抵抗の少ない道をたどり一番スムーズにライディングしていた。
クレイグがいなくなってしまったことはとても悲しいが、僕は彼がパウダーで埋め尽くされた山を降りてくるときの音を決して忘れることはない。
聞こえてくるのは彼がそのパートを確実に感じ取っている時の息づかいだけだ。」

クレイグ・ケリーは36歳で娘オリビアとパートナーであるサヴィナを残して逝きました。
全Burtonファミリーは彼を失ったことに追悼の意を表し、この悲劇を受けた全てのご家族とその友人に哀悼の意を捧げます。
クレイグ・ケリーを偲んだ寄付金はCanadian Avalanche Association、P.O. Box 2759、
Revelstoke、B.C.、Canada、V0E 2S0、
又はウェブサイトhttp://www.avalanche.caの「sales and production」のセクションで受け付けています。