チャンネルスクエア

JR福島駅から歩いて数分の場所に、屋内遊戯施設「チャンネルスクエア」はある。平日は中高生でにぎわい、週末には親子連れや若者ら大勢の人が訪れる。東京電力福島第1原発事故後、福島県内では放射能を気にせずに遊べる屋内施設が各地に設けられているが、大きく違うのはスケートボードやボルダリング(岩や石、壁を登るスポーツ)などができる設備があり、大人も子供も楽しめるのが特徴だ。

「放射能を気にして遊ばなくなるんじゃなくて、子供も大人も一緒に汗をかいて同じことを楽しめる施設を作りたかった」

「チャンネルスクエア」を立ち上げた平学さん(44)はこう話す。
自然豊かな福島県は、夏は南相馬市やいわき市の海でサーフィン、冬は磐梯山などの雪山でスノーボードなど自然の中で楽しめるスポーツの盛んな地域だ。平さん自身もプロスノーボーダーとして活動しながら、サーフィンやスノーボードのイベントなどを開き、県内を盛り上げてきた。

東日本大震災が起きた平成23年3月11日もアルツ磐梯(福島県磐梯町)でスノーボードのイベント開催の準備をしていた最中だった。イベントは中止になり、よく足を運んでいた南相馬市の海岸は津波で壊滅的な被害を受け、東京電力福島第1原発事故の影響でスノーボードなどのスポーツもできるような状況ではなかった。

「23年間、サーフィンやスノーボードをライフスタイルとしても仕事としてもやってきたけど、福島の自然があってのものだった。仕事をさせてもらっていたのが福島県だったと気づいた」

福島のために何かしなければと、全国の仲間や知人を頼って物資を集めたり、地元を盛り上げようと猫魔スキー場でイベントを開催するなどの活動をする中で、ショッキングなことが判明した。避難地域ではない二本松市の自宅の放射線量を計測すると、非常に高い数値が出た。妻と2人の子供を栃木県に避難させたが、4歳の娘から「ここで遊んで大丈夫? 放射能あるでしょ」と聞かれた。

「子供たちがストレスを感じて生活していると感じショックを受けた」

すぐに、子供の支援活動を始め、保養や除染などを進めた。25年6月には「一般社団法人 F−WORLD」を立ち上げ、「福島インドアパークプロジェクト チャンネルスクエア」として、屋内で遊べる施設づくりに取りかかった。自身の店だった福島市内の店舗を使い、昨年11月9日にモデルパーク「チャンネルスクエア」をオープンした。

「絵を描いたり、ボルダリングをしたり、いろいろなチャンネルを持つという意味を込めてチャンネルスクエアという名前にしました。小学生以下は無料でプロのボーダーが指導してくれますよ」

ダンスやヨガなどができるフリースペースやスケボーやインラインスケートなどが楽しめるパークランド、カフェなどを併設した大規模なコミュニティーホールの建設を目指している。遊ぶだけではなく、各ジャンルの専門家による本格的な指導や発電プロジェクトなども行う予定だ。建設に向けて、行政や地権者との話し合いを重ね、建設予定地が決まりつつある。

「人が集まれば刺激になり、新しい夢や雇用、可能性が生まれる。魅力のある人たちが集まって、魅力のある福島にしていきたい」

〈たいら・まなぶ〉昭和45年、福島県二本松市生まれ。3歳からスキー、18歳からサーフィンを始める。平成5年に二本松市にスノーボードショップ「シュレダー」をオープン、8年にスノーパークプロデュース「有限会社エム・ティ」を設立した。震災後は子供支援活動を行い、25年6月には「一般社団法人 F−WORLD」を立ち上げ、代表理事としてインドアパークプロジェクトを進めている。

(産経ニュース)

▼CHANNEL SQUARE[チャンスク] 福島インドアパークプロジェクト
http://fw-p.jp/