2003年1月5日、ジャクソンホール・ワイオミングにてトリスタン・ピコ(Rossignol)が雪崩に遭い他界した。


Tristan Picot.

トリスタンはフランスのスノーボーダー、享年19歳。
事故の二日前からTravice Rice(トラビス・ライス)らと一緒に滞在し、ライディングを楽しんでいた。

トラビス・ライスは自分のスノーブーツを忘れた為に、他のクルー達で一足早く電車に乗り込みフィルミングへと出かけるといった、
この日はクルー達にとって何も変哲も無いごく普通の日だった。
そして午後になるとみんなでスノーモービルライディングをしにバックカントリーへと向かった。

午後のプランはティトン・パスのスキーレイクと呼ばれるエリアへスノーモービルで行くというものだった。
グループにはトラビス・ライス、Bryan Iguchi(ブライアン・イグチ)、Kurt Wastell(カート・ワステル)らが居た。



それは山の尾根での2本目のランで起こった。
東北部での40度の斜面で、幅30m、深さ1mの雪が突如として崩れだし、
スライドしていたトリスタンは飲み込まれはしなかったものの、150mほど投げ飛ばされてしまった。

後にメンバーが彼の元へ辿り着くと、既に意識は無く、
グループは人工呼吸を試みるも、無念にも息を吹き返さなかった。
それは首の破壊によってトリスタンは帰らぬ人になったと解った瞬間でもあった。

救助隊はこの日、同じエリアで早くに起こった雪崩によって大腿骨々折をしたスノーモービラーを救助したりとてんやわんやしていた。
それと悪天候も重なりヘリコプターを飛ばすのが遅れていたのだ。

雪崩は十分予測されていてメンバーはみんなアバランチ・レスキュー・ギアを持っていた。

現在のところ、ティトンにおける雪崩の傾向は、
3、4番目から12番目のライダーまでに襲いかかり恐ろしい事態を招くといった、
このグループが経験したのも同じタイプのもののようだ。

ジェクソンホールのトリスタンの仲間達はかなりのショックを受け、深い悲しみに包まれた。

日本からもトリスタン・ピコへご冥福をお祈りいたします。