2002年4月19日、ビッグマウンテンライダーのジル・ボイロールがビデオ撮影中に事故に遭い他界した。

ジルはスイスのプロスノーボーダー、享年27歳。


Gilles Voirol.

カナダで行われたO'neillヨーロッパのビデオ撮影中での事だった。
五回目の撮影中に崩れてきた雪に流されてコントロールを失い、
不幸にも岩盤エリアへ落ち頭を強打した。

ビデオ撮影班と山岳ガイドらのスタッフ達は直ちにジルを救出し、
ヘリコプターで待機している救急車まで搬送した。
その間、事故から26分の出来事だ。

ベラ・クーラ病院では十分な処置が出来ず、
応急処置の後、バンクーバー総合病院へと転送された。
最悪にもジルが受けた頭部外傷は致命的だった。

事故当時、ジルはヘルメットを着用していなかった。
ブリティッシュコロンビアではヘルメットの着用が義務付けられていない。
多くのスノーボーダーや、スキーヤーが着用していない。



「撮影スタッフ達は問題が起きない様にと3回もヘリを飛ばして安全確認している。
ジル自信も双眼鏡を手に10分間もの間、雪のコンディションを確認していたんだ。
自らが滑るラインを選択して自信を持って滑り降りていったはずだ。
今までに6年もの間一緒に仕事をして来て、100回は難しいエリアで滑ってきたんだ。

今回はその中でも難しくは無い方のはずだった。
過去に何度もジルの危険からの生還は見てきたしね。
けれど今回は本当に不運にも岩盤エリアへ入ってしまったんだ。
あと3メーターでもずれていれば助かったかもしれないのに。」
と、事故当時の様子をジルの友人でプロのカメラマンでもあるジャンクシ・ハディックが語った。



リッチ・プロハスカは山岳ガイド・セーフィティコーディネーター。
この5日間準備をしてきたスタッフの一人だ。

「ジルはとても慎重なライダーだったよ。
安全についてしっかり考えていたし。
ヘリで何度か飛んでポラロイドカメラを手に地形を調べていたよ。
自分が滑るべきルートプランを立てていたし。」とリッチが語った。

事故当時、リッチはヘリで上空からこの様子を目撃していた。
「全ては予定通りに事が進むはずだった。
ジルは不意にも減速をしてしまって、崩れてきた雪に追いつかれてしまったんだ。」

ジルの友人としてジャンクシ・ハディックは最後にこう語った。
「彼はスポーツを芸術的にしたんだ。親友でもあり、最高のアスリートの一人だったよ。
彼の人生観から見ても十分ラッキーな奴さ。だって夢が叶ったんだからね。
オレ達はジルを一生忘れないよ。」

ジル・ボイロールはベルギーで生まれ、
幼少期に両親と共にスイスへ引越しした。
ショート・アルペン・レースの経験を経て、その後フリーライディングで夢を描いてきた。
その彼のビッグマウンテン・パフォーマンス、独特なスタイル、前向きな姿勢は評判だった・・・。

日本からもジル・ボイロールへご冥福をお祈りいたします。