スノーボード男子ハーフパイプ(HP)の中井孝治(17=青森山田高)が、日本選手過去最高の5位に食い込んだ。
日本勢でただ1人進んだ決勝では、ほぼノーミスでメダルに手が届くほどの演技を披露した。
点数が思ったほど伸びず、全日本スキー連盟の佐々木峻スノーボード部長(58)は競技終了後、
審判長に非公式ながら抗議。阿部幹博コーチ(39)も涙を流しながら、ジャッジの不当性を訴えた。  青い空に高々と舞った。
サトゥーフリップ、アッパーデッキ、難度の高いトリック(技)を次々とこなした。
身軽な動きに、観客席も沸いた。実力は十分に発揮した。納得の演技に右手を上げ、大歓声にこたえた。
メダル獲得を確信し、チームメートから渡された応援旗を手にしてテレビカメラの前で笑顔を見せた。

 電光掲示板に信じられない点数が並んだ瞬間、中井は「うそだろ」という表情を浮かべた。
口を真一文字に結んだまま、報道陣のインタビューにも答えずに、控室に引き揚げた。
「銀メダルだと思った」と佐々木部長が言えば、阿部コーチも「銅メダルは間違いなかった」。
完ぺきな演技と低い点数。米国ファンで埋まった観客席からもブーイングが起きた。  1回目、フランス人審判がスタンダード(回転系以外の技)で決勝進出12人中最低の4点。
2回目も3番目に低い6点だった。身長165センチの中井はスピードを得るために、エアを他の選手より2回少ない6回にし、4回を派手な回転技にあてている。

スタンダード技が少ない分、点が抑えられる傾向はあるが、それでも極端な印象はぬぐえない。
会心の演技を終えたばかりの17歳が受け入れられる点数ではなかった。  中井に代わって佐々木部長が口を開いた。
「1回目は42点はいったと思う。本人も抗議してはいけないと分かっているから帰った。
皆さんの前だとしゃべってしまうから」。
同部長は非公式ながら試合終了後、審判長に「(スタンダードが)低い」と抗議したが、スコアは覆らない。
阿部コーチも疑問を投げかけた。「他国の成績から見て、ポイントがおかしいのは、あまりにもあからさま」。
話しながら、悔しさのあまり泣きだした。メダルを独占した米国以外のコーチから慰められる場面もあった。  「仕方ないです。自分の滑りはできました」。時間を置いて気持ちの整理をつけた中井は、悔しさをかみ殺して言った。審判の主観ですべてが決まるのが、採点競技。いくら最高の演技をしても、審判が点を出してくれなければ仕方ない。  競技が採用された長野五輪では、男女とも決勝進出を逃した。それから4年。
中井が上位進出を果たし、日本のスノーボードを世界にアピールした。
これからは、審判の印象も良くなって、点数も上がるはずだ。
阿部コーチは「4年後はイタリアもあります」と言い切った。その時、中井は21歳。
この日の滑りが、トリノ五輪のメダルにつながる。  ◆HP採点方法 五輪の決勝では2回の演技のいい方の得点を選択する。
5人の審判が持ち点10点で0・1点刻みで採点。審判はそれぞれ見るポイントが異なる。  (1)スタンダード 回転を除くトリックを見る。主なものは手でボードをつかむグラブトリック。完成度から構成の豊かさまで評価する。  (2)ローテーション 回転技を評価する。回転数、難易度、完成度などを総合的に判断。  (3)アンプリチュード トリックの高さを採点する。  (4)オーバーオール(2人) 全体の構成、個性、リスクの高さなどを総合的に評価する。  試合ではトリックをどの難易度で、どういう順序に組み合わせるかによって点数が大きく異なる。
似たようなトリックを組み合わせるより、バリエーションを持たせた方が高得点が出る。
演技時間、トリックの数に制限はない。  ◆中井孝治(なかい・たかはる)1984年(昭和59年)3月10日、北海道倶知安町生まれ、札幌市在住。札幌柏中から札幌新陽高を経て青森山田高へ。00年11月ティーニュ大会でW杯デビュー(55位)。2戦目の同年12月ウィスラー大会で3位。その他、01年3月のルカ大会でも3位。家族は両親と兄4人。165センチ、52キロ。

(写真=スコアボードを見た中井は、意外に低い得点に悔しげな表情を浮かべる(撮影・鹿野芳博))