連載第13回となる『中山秀征の語り合いたい人』。今回のゲストは、ソチオリンピック・女子スノーボード、パラレル大回転で日本人女性として初のスノーボード競技のメダリストとなった竹内智香さん。

日本中を沸かせた、ソチオリンピック銀メダリストにたっぷりと語っていただきました。
中山「まずはおめでとうございます!銀メダルって大変なことですけど取った瞬間はいかがでした?」

竹内「取った瞬間は、うれしいよりも悔しさのほうが大きかったです。今シーズン2位が4回あって、そのうち3度がオリンピックのときと同じ、バランスを崩すという失敗で。ずっとそこを気をつけていたのに最後の最後でその癖が出たことがすごく悔しくて。成長ないなあ、って」

中山「(スノーボードを)始めたときは、もうオリンピックを目指していたんですか?」

竹内「はい。14歳のときに長野オリンピックを見て『私も絶対に出たい』って」

中山「そこからすべてが始まるんですね。その結果、長野の次のソルトレークには出られたわけですよね?」

竹内「はい。そのときはポイントを獲得するためにいろんな大会に出ていて、気づいたらオリンピックだった、という感じでした。スタート地点に立った瞬間にわれに返ったように『場違いなところに来たな』と焦って。たしか35人の中で22位だったと思います。『参加することに意義があるんだな』って思いました」

中山「次のトリノオリンピックはどうでした?」

竹内「決勝には参加できたんですけど、前回と同じで、メダルを目標にしていなかったので9位でした。やめようか迷ったんですけど、そのときはあきらめきれなかったんです。でも、同じ環境でもう4年頑張る気持ちはなくて。日本の環境でやっても勝てないんだ、と思ってスイスへ行きました」

中山「で、スイスから帰ってきて3度目のオリンピック?」

竹内「いえ、バンクーバーはスイスチームで行きました」

中山「スイス代表ということ?」

竹内「日本代表で選手村に部屋もあるんですけど、スイスの選手村にも部屋があって(笑)。スタートに立っても横にいるのはスイスチームのコーチだし、スタッフもみんなスイス代表の人たちでした」

中山「そのときの大会はどうでした?」

竹内「当時は日本に対して不満がすごくあって、『ここで結果を出して日本のやり方がよくないことを証明してやろう』という反骨精神がほとんどでした。ほかの選手たちは純粋に勝ちにいっているのに、私は日本に対しての不満をぶつけるための大会になっていて、戦い方を私は間違っていたな、と後で反省しましたね」

中山「その反骨精神があったがゆえにそこまでいったんだけれども、最終的にはそこじゃないんだってことだよね?」

竹内「純粋に『勝ちたい』って気持ちで戦わなきゃいけなかったんだな、って。でも、今はそこでメダルを取れてなくてよかったなと思ってます。もし取っていたら、やっぱり日本のやり方はよくなかったんだ!と日本をもっと嫌いになっていたと思うから」

中山「素晴らしい!そういう紆余曲折あってのソチだったんですね」

竹内「はい。それがあったから、いろんな人や国とも仲よくなれて語学も覚えられましたし、今は遠回りをしてよかったなと思っています」

(女性自身)