ソチ五輪で表彰台に日本人2人が上がったスノーボードハーフパイプソチ五輪ではスキー・スノーボードの活躍が目を引いたが、オリンピックの場にかぎらず、今シーズン、こんなことを言う選手たちの言葉によく遭遇した。

「やりたいと目指してくれる選手たちが出てくれば」

あるいは、

「もっとジュニアの選手たちが増えてくればいいと思います」

そこには、競技に打ち込む中で感じ取った危機感が込められている。競技の先細りの懸念である。
公益財団法人の日本生産性本部が発行する「レジャー白書」によれば、スキー・スノーボード人口のピークは1993年で、1860万人。2012年には790万人だった、とある(注:1993年の数字はスキー人口としてのもの。スノーボード人口が合算されるようになったのは1997年から)。つまり60%近く減少した計算になる。

ピーク時の前後には、スキーをモチーフにした映画のヒットなどが後押ししたと言われるスキーブームが起こり、若者を中心に年々スキー場に足を運ぶ人の数が増加していた。だが、ブームは結局ブームに終わることになった。

「選択と集中」でソチでは結果を出したが……。

人口の減少はスポンサーであるメーカーの業績不振などをもたらし、全日本スキー連盟の収入の減少にもつながった。すると、代表レベルの選手の強化費も減らさざるを得なくなっていった。

それが理由の一つとなり、ソチ五輪は代表選考基準の根本の考え方を変更した。従来は、国際スキー連盟によるオリンピック出場のための基準をクリアし、各種目から推薦のあった選手は、おおむねオリンピックの代表に選ばれていた。だがソチでは、代表になれるのは、連盟として独自に設けたより高い基準を突破した選手に限る、としたのだ。

一方で、強化指定のカテゴリーでも最上位の特Aを設置。強化費用を優先的にあてることで、サポートを厚くした。「選択と集中」という方向を採ったという言い方もできる。

それがソチ五輪での好成績の要因であると考えられる。

ただし長い目で見れば、競技全体の土台である人口の減少は、決して見過ごしていい問題ではない。

その理由のひとつは選手の言葉にもあった、次代を担う選手たちの減少の問題。競技人口そのものが先細りしていけば、将来、競技レベルまで低下しかねない。その種目そのものの衰退になる可能性もある。

五輪選手も練習するような、大型拠点の閉鎖。

こんな話を聞いたこともある。

ジャンプ少年団では、参加する子どもたちが減るのと同時に、活動を支える親など大人の姿も減ることになった。毎日の練習のためにはジャンプ台の整備が欠かせないが、協力を得られる大人が少なくなったことで、整備にかける労力と時間が増えることになったという。それは練習にも影響することになる。

状況が悪化すると、スキー場の閉鎖という根本の問題にもつながってくる。

例えばソチ五輪のスノーボード・ハーフパイプ代表の青野令がかつて拠点とし、銅メダルを獲得した平岡卓らも練習をしていた、西日本の拠点となっていた愛媛県のアクロス重信。存続への数万人の署名活動もむなしく、一昨年に閉鎖されたことはスノーボード界では衝撃だった。それにとどまらず、以前はハーフパイプのワールドカップが開催されていた北海道・真駒内スキー場の閉鎖、さらに各地のスキー場の中にも経営不振に陥っているところが少なからず存在する実態がある。

一方で、独自の取り組みで来場者を増やすところも。

一方でスキー場の再生、スキー・スノーボード人口の増加への試みも行なわれ、成果を発揮している場所もある。

長野県の白馬村では、海外からのスキー客が増加している。その中心がオーストラリアからの人々で、この6、7年で3倍以上となり、年間3万人を大きく超えるまでになったという。

昨年12月から今年3月初旬までの期間限定で、成田空港と白馬との直通バスが毎日運行されたことも増加ぶりを物語っているし、移住して白馬村内でペンションなどを営む人も目立つようになってきた。2006年から他の自治体とともに、オーストラリアでPRし、村内の環境整備にも努めてきた効果が表れている。

2008年からスキー場経営に参加した株式会社マックアースが、各地のスキー場ごとに個性を見出してはそれをいかし、再生させてきたのも一例である。

またリフト券を年齢を限って無料化したり、無料スクールの実施、あるいは託児所の設置など、さまざまな取り組みが各スキー場でなされている。家族を呼び込み、若い世代が来やすい条件を整えることで、来場者数が上向いているところもある。

こうした個々の努力とともに、全体として競技をいかに盛り上げていくかも、大きなテーマとなる。
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