■「家族に支えられたからここまで来られた」

雪とは縁の薄い奈良県御所(ごせ)市で、平岡卓は生まれ育った。小学1年のときに家族でスキー場に出掛け、スノーボードと運命的に出合う。「誰に教えてもらうわけでもなく、すぐに滑れた」。スキーのモーグル選手だったという父の賢治さん(55)は、息子の才能を直感した。
週末になると、雪を求め、愛媛県の屋内施設や岐阜県のゲレンデまで連れて行った。“遠征先”では車中泊で過ごした。夜はエンジンを切り、冷えた車内でカセットコンロで湯を沸かし、カップラーメンをすすった。「ここまでやっているんだから、五輪に出たいね」。寒さに震えながら、親子は夢を語りあった。「面白がりながら上達する。いい選手になると確信した」と賢治さんは語る。

自宅にはトランポリンを置き、バランス感覚も養った。特定の指導者にはつかず動画投稿サイトでトップ選手の動きを研究。段ボールで自作した人形をボロボロになるまで動かし、イメージトレーニングも続けた。スノーボード中心の日々だったが、賢治さんは勉強も重視。礼儀作法も厳しく教え、学校をなかなか休ませなかった。

「土日に友達と遊んだ記憶はない」。スノーボードの練習に明け暮れた日々は目覚ましい成果をもたらし、18歳で五輪出場をつかんだ。両親はそんな息子を、「ここまで来たんだから、結果はどうあれ楽しもう」と送り出した。

万感の思いを込めた演技で銅メダルを手にした平岡は「家族に支えられたからここまで来られた」と、家族へ感謝の言葉を贈った。母の浩美さん(52)は8日が誕生日だった。「絶対にメダルを取ると思っていた。最高のプレゼントになりました」。現地で息子の演技を見守り続けた母の目に、涙が浮かんだ。
(産経新聞)