◇家族で「悔しさ晴らす」

コース内のキッカーやカーブなど、障害(オブストラクション)を通過しながら、タイムを競うスノーボードクロス。長和町出身の藤森由香選手(27)=アルビレックス新潟=は、正式種目となった2006年トリノ五輪(イタリア)から3大会連続で出場する。

藤森選手は前回の10年バンクーバー五輪(カナダ)で苦い経験がある。公式練習で転倒し、頭を強打。ドクターストップでレース前に棄権する悔しさを味わった。母しのぶさん(60)は「棄権して良かった。無理をすれば、再起不能になるかもしれなかった」と振り返る。
帰国後、病院で精密検査を受けると、小脳から出血していることが分かった。絶対安静で、藤森選手は長和町の自宅で休むことが多かった。父昭さん(63)は「激しい頭痛とめまいに悩まされていた」と明かす。バンクーバー後はしばらく「五輪もスノーボードのことも話題にしなかった。由香はそんな気分じゃなかったと思う」としのぶさん。家族にも重いムードが漂った。

復帰のきっかけを作ったのは、昭さんの一言だった。10年春、昭さんは藤森選手に「語学留学に行ってみたら」と提案した。「由香は英語が苦手だった。運動する訳じゃないし、勧めてみた」。藤森選手も留学を決意し、5月から計半年間、バンクーバーで過ごした。

留学前の4月、藤森選手はしのぶさんに「また4年かぁ」とつぶやいた。しのぶさんは4年後のソチ五輪に向け藤森選手が競技を続けることを悟った。しのぶさんは「本当は、辞めてもいいと思っていた」というが、「それは由香自身が判断すること。やりたいと思うなら協力しないと」と決めた。「留学から戻ると顔色も良くなった」(しのぶさん)という藤森選手は同年のワールドカップ(W杯)に参戦。昭さんは「英語を学んだことで、外国人コーチとも連携がうまくいき、滑りが上達した」と話す。ソチに向け、一家で新たな戦いが始まった。

藤森選手は、昭さんが長和町でスノーボード店を経営していたことが競技を始めるきっかけだった。同居する今も、昭さんが藤森選手のボードやブーツ、金具類まで全て調整し、サポートしている。「由香のリクエストがあれば、すぐに対応できる。世界中でも、こんな選手はいないかも」と笑う。今回も、ソチに向かう前の最後の調整は「気合を入れてやる」と意気込む。

藤森選手は29日に長和町であった壮行会で「(バンクーバーは)乗り越えてきた。目標はメダル獲得」と力強く宣言した。4年前の悔しさを晴らすため、家族と共にソチへ臨む。
(毎日新聞)