家根谷依里トリノとバンクーバー両五輪のスノーボード女子パラレル大回転に出場した家根谷(やねたに)依里(え・り)さん(27)=神戸市北区=が、2014年のソチ五輪でメダル獲得を目指している。今年2月には日本オリンピック委員会(JOC)による就職支援プロジェクトで大林組に入社し、競技に集中できる環境も整った。

――大林組に入社するまで、遠征資金集めなど大変だったようですね

ひとシーズンにかかる海外遠征費用などは300万円ほどです。JOCの助成金やスポンサー、後援会などの支援だけでは足りず、オフシーズンには時給1200円で結婚式場の配膳のアルバイトなどをしました。就職できたことで資金の心配がなくなり、競技に集中できます。本当に感謝しています。

――選手への支援が手厚い国は強いでしょうね

スイスやイタリア、オーストリア、ロシアなどが強豪国です。チームのスタッフは本当に充実しています。私はボードの調整を自分でしますが、海外では専門のスタッフがいます。選手は滑ることだけに専念できる態勢になっています。
2009年の世界選手権で入賞した家根谷依里さん=韓国・江原――ところで、お父さんがスノーボードショップを経営されているそうですね

小学2年生の時、初めて長野のスキー場に連れていってもらいました。スキーはすぐ飽きたのですが、翌年にスノーボードを体験しました。どんどんうまくなるのを実感できたのが励みになりました。「どうすれば速く滑れるのか」。いろいろ考えて実際に試し、追求するのが楽しかった。

――中学卒業後は北海道へ。思い切った決断ですね

とにかくオリンピックに出たかった。「世界一」になりたかった。雪があまり降らない神戸にいるより、毎日滑れる環境に身を置きたかった。

――トリノ、バンクーバー両五輪の結果をどう評価していますか

初めてのトリノは右も左も分からない状態でした。バンクーバーでは結果を残すつもりでしたが、予選通過も出来ませんでした。「悔しい」という言葉では済みません。このままでは終われないし、終わりたくない。

――阪神大震災で大伯母を亡くされたそうですね。東日本大震災はひとごとではなかったのではないですか

たくさんの方が亡くなられ、スノーボードをしていていいのかという気がしました。大震災後に出場したイタリアでのW杯では、選手らが喪章を付けたりレース前に黙祷(もくとう)を捧げたりしてくれました。各国の選手が心配してくれ、すごく温かかった。

――2年後はソチ五輪です

バンクーバー五輪では「世界一」の目標を達成できませんでした。これでは辞めるにやめられません。ソチまでに世界選手権などの大会があります。一つ一つ大事にして戦う。その先にソチがあると思います。


◆やねたに・えり 明石市生まれ。父親の指導で小学3年からスノーボードを始めた。神戸市立大原中学校を卒業後、北海道深川市のクラーク記念国際高校へ。北海道東海大学を卒業。2009年世界選手権パラレル回転6位入賞。トリノ(2006年)、バンクーバー(2010年)両五輪では予選敗退。


◆◆取材を終えて
 30年近く前のことである。雪山にはよく登ったが、スキーをしたのは一度だけ。上級者用ゲレンデで、眼下に崖のような斜面が広がっていたことを今でも思い出す。「こんなところ、よく滑れるな」。最近はスキーなどのウインタースポーツを楽しむ人が減っているそうだ。「お金がかかる」など様々な理由があるようだが、「雪山の素晴らしさを堪能しないのは惜しい」との思いは家根谷さんと一致した。

(朝日新聞)