◇バンクーバー冬季五輪(26日)スノーボード女子パラレル大回転

1対1の対戦方式で2本滑走し、合計タイムを競う決勝トーナメントの1回戦。1本目でオーストリア選手に0秒79の差を付けられた竹内は、2本目はスタートからスピードに乗り、徐々に差を詰めていった。

ところが、コース中盤、軟らかい雪に板を取られ、そのまま左にコースアウト。何とかコースに戻ったものの、タイムロスは大きく、準々決勝に進むことができなかった。

海外に活動拠点を移したのは07年8月だった。06年トリノ五輪の男子パラレル大回転で、1、2位を独占したショッホ兄弟らを擁するスイスチームに合流。「世界」と戦うため、海外の一流チームの中でもまれて力を養ってきた。昨年の世界選手権は4位。バンクーバーでは「メダル候補」とも言われていた。

海外に目を向けたのは、自分自身のためだけではなかったという。「(日本では)私より若い多くの選手が、練習環境がなかったり、(代表の)選考基準が定かでなかったりして、何を目指したらいいか分からないままやめていった」。どうして強豪国と同じような環境を得られないのか。竹内は、答えを探し続けた。

それだけに、この日のコースアウトは惜しまれる。「悔しいです。どうやったら世界と戦えるのか。そういうことを、負けて言うのではなく、結果を残して言いたかった。ずっと計画してきたことだった」。13位はトリノ五輪での9位にも届かなかった。「同じように、また4年後を戦えればと思う。でも、スイスと日本、両方の了解が必要なので……」と竹内。バンクーバーでの戦いは、無念の結果で幕を下ろした。

◇オランダに初の金
○…ザウエルブライがオランダに初めて、スノーボードの金メダルをもたらした。決勝は、1本目でロシア選手に0秒02差で先着されたものの、2本目に大逆転。「やるべきことをやっただけ。最近、銅メダルを取る夢を何度か見て『いや、違う。金メダルよ』と言い続けた」と喜んだ。夏・冬を合わせて、オランダ通算100個目となる記念すべき金メダルだった。
(毎日新聞)