【五輪の中の世界】
ダブダブのズボンを下着が見えるまでズリ下げて着こなす(あるいは「着崩す」)「腰パン」の本家は、米国である。

「サギング」、あるいは「サギー・パンツ」と呼ばれるこのファッション、米国で激しい論争の対象にもなっている。ここ数年、公序良俗を乱すとして、罰金刑や禁固刑を科す規制条例が一部の市で施行される動きが相次いだ。ところが逮捕された若者が裁判に訴えるなどした結果、こうした条例は表現の自由を保障した憲法に違反するとの判決も出始めた。

人々が、けんけんがくがくの議論を戦わせる理由のひとつは、「腰パン」が、人種問題や世代対立とからんだ「反抗」や「挑戦」のメッセージを含んだファッションだからだろう。

発祥には諸説あるが、黒人文化を源流とするという点ではおおむね一致している。囚人服をイメージさせるダブダブの服によって「刑務所帰り」を想起させるのがねらいとの説もある。こうしたセンスを理解できない人や我慢できない人がいてもまったくおかしくはない。その意味で、対立はかなりとげとげしい。

が、一方で、この手の俗っぽい話であっても、条例の制定や対抗提訴を含め、大まじめで熱い議論がわき起こるのは米国の美点だと思う。

開幕式を目前に控えた12日昼、「腰パン」ほかの服装の乱れが問題視された国母和宏選手(スノーボード・ハーフパイプ男子)が、日本選手団の橋本聖子団長に付き添われて会見に臨み、「ご迷惑、ご心配をかけてすみませんでした」と頭を下げた。

国母選手は殊勝に心を入れ替えたのか。正直なところ、判断がつかなかった。なにしろほとんどしゃべらない。隣の橋本団長が極めて明晰(めいせき)かつ論理的な話し方をするからなおさらだったのかもしれないが、心境を問われてもしばし黙り込み、ちらちらと橋本団長の顔を見てから「がんばるしかないと思いました」などと短く答えるだけである。

反省したならそれでいい。反省していないならそれでもいい。自分を曲げたくないのなら、主張すればいい。一時的には大バッシングを浴びようが、必ず耳を傾ける人が現れ、議論につながるはずだ。

だがこの日の会見を見る限り、「イヤイヤながら反省の弁を述べているのでは」との思いをぬぐえなかった。「国母ファッションを応援している人もいるはずだが」との問いには、ずいぶんと長い間を取ったあげく、「何ともいえないです」とポツリ…。

たかが「腰パン」だが、その論争が憲法判断まで行き着く国もある。国母選手の熱い主張を聞きたかった。
(産経新聞)