■頂点へ 3度目の大舞台

過去2回の五輪とは目線が違う。初出場のソルトレークシティーは「出場する」、前回トリノは「決勝に残る」。だが、バンクーバーの目標は「勝つこと」。きっぱりと言い切る口調に自信がみなぎる。

やるべきことをやってきた。負けては涙を流していた弱々しい姿はもはやない。

2002年2月、W杯札幌大会で初の3位に入り、注目される存在となった。トリノ五輪は9位。健闘とはいえたが、同時に「このままでは限界」とも感じた。世界のトップ選手と同じことをして、ついていけなかったらあきらめもつくと考えた。翌シーズン後に「半分やめる覚悟。やめるなら、その理由がほしかった」と、同五輪で金と銀を独占したショッホ兄弟のいるスイスチームの門をたたいた。

もちろん簡単に受け入れられたわけではない。練習仲間として“残留”するにはチーム全員の承認が必要だった。その最大のネックが言葉。練習の合間に必死で机にかじりつき、ドイツ語を勉強した。兄のシモンはいう。「普段は冗談ばかり交わすけど、雪上に立てば誰よりもきつい練習をこなすのが僕らのスタイル。トモカは強い意志の持ち主で、自然に受け入れられた」

そんな異国での生活が竹内を心身ともにたくましくした。昨季のW杯は自己最高の2位が4度、種目別総合でも3位となり、世界選手権では4位に入った。五輪のメダルは手に届くところにある。

スイスに拠点を移して3年目の今季は「断トツの速さを身につけること」をテーマに意欲的な練習に取り組んできた。ここまでのW杯は6位が最高。昨季に比べると、物足りないが、ミスを恐れず、果敢な滑りに挑んだ結果と意に介することはない。

馬術で五輪選考会に出場した経験のある父、隆治さんの影響で、五輪への思いは幼いころから人一倍強かった。3度目の五輪へ。視線の先には頂点しか映らない。


【プロフィル】竹内智香
たけうち・ともか 1983年12月21日生まれ、北海道旭川市出身。ロイズ所属。ソルトレークシティー五輪は22位。トリノ五輪は9位。2007年夏からスイスを拠点に活動。クラーク記念国際高卒。165センチ、60キロ。

(産経新聞)