ケーブルカー

◇長期化する損賠訴訟
オーストリア・カプルンで00年11月、猪苗代町の中学生やインストラクターら日本人10人を含む155人が犠牲となったケーブルカー火災事故から、11日で8年となる。遺族の悲しみは癒えず、損害賠償請求訴訟は長期化している。8年の経過を振り返るとともに、長男を亡くした同町新町、会社員、佐瀬倉寿(そうじゅ)さん(54)に話を聞いた。

◇「刑事裁判の鑑定虚偽」−−新たな刑事告訴、民事に影響も
日本人犠牲者全員の遺族31人は02年以降、ケーブルカー運行会社「氷河」やオーストリア政府などを相手どり、「ファンヒーターを車内に持ち込み、安全性の確認も怠っていた」などとして、他国の遺族とともに損害賠償を求めニューヨーク南連邦地裁に提訴。現在も審理が続いている。

オーストリア政府が設立した和解委員会は昨年11月、遺族に対し、民事訴訟の取り下げを条件に総額約1340万ユーロを支払うことを提示。遺族は他国の遺族の和解に支障が出ることを考慮し、和解書にサインしたが、和解金の受け取りを拒否し、米国での訴訟を継続している。

事故原因を巡っては01年9月、ザルツブルク司法当局が事故原因を「油圧系統の油が暖房器具の熱で引火した」と報告した。

日本人遺族代理人の木川統一郎弁護士によると、現地での刑事裁判では運行会社役員ら16人全員が無罪となったが、今年4月、当時の鑑定が虚偽だったとして新たな刑事告訴に発展した。当時の鑑定は「油圧装置の油漏れはあり得ない」としたが、トンネル内に飛散した油の跡の目撃証言が多数あるという。

木川弁護士は「当時の鑑定人が有罪になる可能性は高い。刑事裁判の無罪判決が虚偽の鑑定書に基づいていたことになる」とし、「もし刑事裁判の再審が無理だとしても、民事訴訟で有利になるだろう」と話した。

◇「今もスキー場にいるよう」−−長男を亡くした佐瀬さん
「息子はスキーでジャパンを背負うという希望があった。日本から7000キロ離れた場所で、どんな思いで死んでいったのか」

佐瀬さんの長男智寿さん(当時14歳、猪苗代中3年)は強化選手に選ばれるなど将来を有望され、合宿は本場でスキーを学びたいという本人の希望だった。元スキー国体選手の佐瀬さんは「今もスキー場に行くと息子の姿を探してしまう。8年間毎日つらく、忘れたことはない」と話す。

事故はニュースで知った。翌日未明に旅行会社から連絡を受け、カプルンへ。ザルツブルクの空港の格納庫に100人超の犠牲者のひつぎが並び、国旗が立てられた。「ひつぎを見て初めて、息子は亡くなったんだと観念した」。気丈に振る舞っていたが、涙を抑えられなかった。現場で回収された遺品は財布だけだった。

翌年、遺族にトンネル内部が公開された。智寿さんの遺体が発見されたのはケーブルカーから最も離れた場所。「パニックの中で息子は必死に生きようとがんばり、その分、苦しみも大きかったのでは」。運行会社が立てた十字架の横に家族の写真を供え、落ちていた小石を持ち帰った。

佐瀬さんはこれまで6回オーストリアを訪れ、04年2月の刑事裁判の1審判決も傍聴した。「155人が亡くなって無罪はあり得ない。オーストリアに正義はない」と憤り、「訴訟に勝っても負けても息子はかえってこない。経緯を見届けるのが父親の義務」と語る。

智寿さんが生きていれば22歳。11月11日は毎年、智寿さんの友人や当時の猪苗代中教諭らが自宅を訪れる。

また同町のスキーインストラクター、出口沖彦さん(当時42歳)と長女の奈央さん(当時13歳、猪苗代中2年)は親子で犠牲になった。沖彦さんの母親は取材に、「私からは何もお話することはありません」と話し、無念さをにじませていた。


◇ケーブルカー火災事故の主な経過◇
00年11月 カプルンのトンネル内でケーブルカーの火災事故発生
02年 1月 日本人遺族が米国で運行会社などを相手取り損賠提訴
    〃  ザルツブルク地検が運行会社役員ら16人を起訴
04年 2月 被告16人全員に無罪判決
05年 7月 日本人遺族が米国でオーストリア政府などに損賠提訴
    9月 刑事裁判控訴審で被告8人の無罪判決が確定
07年11月 和解委員会が日本人遺族に補償金支払いを提示
08年 1月 日本人遺族が和解委の和解案にいったん合意
    6月 日本人遺族が和解案受諾を撤回。米国で訴訟継続へ
   10月 事故鑑定人5人への捜査手続き開始を現地法務省が承認


◇ケーブルカー火災事故
00年11月11日午前9時半(日本時間同日午後5時半)ごろ、オーストリアのキッツシュタインホルン山のケーブルカーのトンネル内で火災が発生。走行中の車両が炎上し、米、独など各国の計155人が死亡した。日本人犠牲者は▽スキー合宿中の猪苗代中学の生徒5人と猪苗代町のインストラクター男性▽慶大生2人▽群馬県の会社員男性▽山梨県の飲食業手伝い女性――の計10人。運行会社役員ら16人が起訴され、04年のザルツブルク地裁判決と翌年のリンツ高裁判決で全員の無罪が確定した。
(毎日新聞)