原山市民スキー場約90年前、東海地方初のスキー場として高山市街地に誕生し、ファミリー・スキー場として親しまれてきた「原山市民スキー場」=同市新宮町=が、暖冬による雪不足などを理由に来シーズンからリフトの営業をやめ、スキー場を事実上廃止する。リフトを運営する飛騨観光開発会社の垂井博美社長(72)は「ここ数年の雪不足で、リフトの利用者が激減し、累積赤字解消の見込みがなくなったため」と話している。

同スキー場は1920(大正9)年、市内で駅弁会社を営んでいた故垂井藤夫さんが創業した。JR高山駅(当時国鉄)から3キロの道のり。名古屋から夜行列車に乗って高山駅に到着すれば、そのまま標高約700メートルのスキー場に到着するため、手ごろなゲレンデとして親しまれてきた。

戦後の1947年には、当時は東京の大学に通っていた博美社長が、藤夫さんの後を継いでスキー場の整備に着手。その年、初めてナイター設備が整い、63年にはリフトが取り付けられた。しかし、70年代に入ると、各地に施設が整ったスキー場が誕生するなどしたため、経営は斜陽化へ向かった

近年は、家族連れの根強い人気に支えられ、近くの新宮小学校のスキー授業にも使われてきたが、スキー人口の減少や暖冬による降雪不足には勝てなかった。
(毎日新聞)