2位に入った工藤は予選(3位通過)でも高いエアを披露した<スノーボード:W杯富良野大会>◇最終日◇18日◇富良野スキー場◇男子ハーフパイプ

男子は札幌出身の工藤洸平(17=青森山田高)が42・8点で2位に食い込み、W杯で初めて表彰台に立った。昨年11月に左鎖骨を骨折し、今季最大目標の世界選手権代表は逃していた。昨季の世界ジュニアで日本勢初の「金」を獲得した伸び盛りの17歳は、目標の国母和宏(18=登別大谷高)に初めて勝ち完全復活を果たした。男子は青野令(スノーフレンズ)が45・4点で初優勝した。

工藤の気持ちは決まっていた。公開練習では1度も成功しなかった難易度の高い横3回転を、決勝で入れた。2つ目のエアできっちりと決め、1回目首位に立つ。2回目で青野に逆転され優勝は果たせなかったが、左鎖骨骨折後に初めて臨んだ大舞台で表彰台を確保した。「不安もあったが集中してできた。(1月のFIS)キスマーク杯2、3位はあったけど、やっぱり大きい舞台の表彰台でないと復活といえないですから」。大会前、10日間の韓国遠征で鍛えた集中力を発揮した。

世界の舞台を強烈に意識している。中学生だった一昨年の全日本選手権で優勝し、昨季のジュニア世界選手権で日本勢初の金メダルを獲得。全日本スキー連盟(SAJ)の強化指定は、昨季のジュニアAから今季Bに格上げされた。世界選手権の銀メダリストで唯一のA指定・国母に次ぐB指定3人中、もちろん最年少。この日は全日本のウエアで大会に挑み「日本代表という自覚がある。国内組に力の差を見せたかった。目指す舞台は世界」と言い切った。

普段から国母と行動を供にし、世界レベルを感じようと努めている。今大会中も相部屋。決勝の2回目には、先に滑る国母から「下で見てるから決めてこい」と言われ発奮した。気負って失敗したが「アドバイスというより気持ちの強さを教えてくれる。(国母が)身近にいてくれることは大きい」。治部忠重全日本コーチ(35)も「お手本がいるのはいい。切磋琢磨(せっさたくま)することで、どんどん成長している」という。

あこがれの存在、国母を「いつかは超えなければいけない存在だとは思っている」。それが果たせたとき、目標の10年バンクーバー五輪代表がグッと近づいてくる。

◆工藤洸平(くどう・こうへい) 1990年(平成2)2月9日、札幌市出身。札幌藤野南小1年のときから競技を始める。05年に中学生で史上初めて全日本選手権を制覇。06年1月、クライシュベルク大会(オーストリア)でW杯初出場。一昨年、青森山田高札幌校に進学。家族は両親と姉。162センチ、50キロ。

【男子】
▽ハーフパイプ (1)青野令(スノーフレンズク)45・4点(2)工藤(シーズ)42・8点(3)国母(登別大谷高)41・4点(5)石原(山梨県庁)35・2点(7)熊崎(フッド)33・1点(9)細川(クルーズ)26・7点(11)村上大(クルーズ)13・5点(14)藤田(西条SC)31・2点(15)斉藤(旭川龍谷高)26・8点※青野は初優勝、13位以下は予選成績。
(日刊スポーツ)