二人三脚で五輪の切符をつかんだ鶴岡剣太郎選手(右)と父康一さん=千葉市美浜区の自宅で(毎日新聞)10日に開幕するトリノ五輪に、屋外スキー場のない千葉県から鶴岡剣太郎選手(31)=千葉市美浜区=が、日本人としては初めてスノーボードのパラレル大回転に出場する。幼いころから、定時制高校教諭の父康一さん(57)と雪を求めて各地のスキー場に出かけ“親子鷹(だか)”でつかんだ代表の座。「雪と縁のない県の出身でもウインタースポーツで勝てることを証明したい」と鶴岡選手は意気込んでいる。

宮城県の仙台大時代、陸上部に所属していた康一さんは、2年の時のけががもとで競技をあきらめたが、趣味のスキーで指導員の資格を取得。故郷・千葉に戻って大学の後輩の初子さん(56)と結婚した。

「何かの個人競技で五輪に出てほしい」。息子に願いをかけた康一さんは、スキーシーズンになると家族を長野や群馬のスキー場に連れていった。鶴岡選手は3歳で滑れるようになったが、急斜面でたじろいでいると、康一さんは後ろからストックで押した。「普通の旅行じゃありません。体を鍛える合宿です」と康一さん。小、中学校時代も冬や春の長期休みに「合宿」が続いた。費用節約のため、食事は康一さんが野外で作り、車の中で寝たという。

鶴岡選手は山形県の羽黒高から、大学は両親の母校に進んでスキー部に所属。アルペン競技で好成績を残せず限界を感じ始めていた3年時の96年、遊び半分でスノーボードに乗ってみた。これが転機になった。「違和感を感じたのは最初に滑った時だけで、すぐになじんだ」。この年、小さな大会で2位。翌年の全日本選手権は14位に食い込んだ。

98年からはスノーボード一本に絞り、99年に全日本選手権で初優勝。02年ソルトレーク五輪の代表は逃したが、昨シーズンは全日本選手権やジャパンカップを制し、先月9日に代表に決定した。

身長186センチ、体重85キロと国内では大型の鶴岡選手。「努力ではどうすることもできない体を両親は与えてくれた」という感謝の言葉に「五輪出場という大きな土産をくれてうれしい。決勝まで残ってほしい」と康一さん。五輪のレース本番は22日。康一さんは初子さんとともに会場で息子に声援を送るつもりだ。
(毎日新聞)